チェリー(E10)の歴史,チェリー・クーペ(KPE10)の誕生


チェリーは日産の最初のFF車として1970年に誕生した。
日産がオースチンのノックダウン生産をしていた経緯と関係があるのかどうか判らないが、ミニ(モーリス/オースチン)と同じ形式、つまりミッションの上にエンジンを載せるという二階建ての構造を採用した。
この方式のメリットとして、左右のドライブシャフトが等長であることと、エンジン・ルームの幅が狭くてよいこと、が挙げられる。その反面、ミッションの上にエンジンを載せるためにボンネットの高さが高くなることが避けられない。そのような制約の中で、車室を大きくとりながら全長をコンパクトに収めたチェリーが広い居住空間と経済性を備えた大衆車として発売された。全長366センチ,全幅149センチ,高さ138センチ(セダン)で、ホイール・ベースが233.5センチであった。
エンジンはサニーで実績のあるA10型とA12型が搭載され、2ドアと4ドアセダンが市販された。 ミッションは3速のコラム・シフトと4速のフロア・シフトがあった。一番安価なモデルは49万円であった。


性能的には当時の欧州の前輪駆動車と比較して決して見劣りしなかった。(注:馬力表示は欧州車はDIN国産車はPSである)
車名排気量馬力最高速度全長全幅 全高
オースチン1300GT127570148370315341359
モーリス1275GT127560140316614101346
シトロエンGS1220122260151412016081350
ルノー6TL110847135385915361500
プジョー204113060140399015601400
アルファスッド118673150389015871350
フィアット128116655140384015901420
アウディ80129760145417516001370
ホンダシビック116969155354515051325
スバルFF−1108877160393014801390
チェリー1200117168150366014901375
チェリー1200X−1117180160366014901375

スポーティなモデルとして2ドアと4ドアにX−1仕様があり、SU型のツイン・キャブレーターが搭載され80馬力を発揮した。4ドアのX−1は57万円であった。
1000ccのA10型エンジンを搭載したモデルは型式E10と呼ばれ、1200ccのA12型エンジンを搭載したモデルは型式PE10と呼ばれた。
車重は625〜685キロと軽量で、キビキビと走リ、燃費も良好だった。
1971年になってクーペ・モデルが追加して市販された。大きなリアのドア・ゲートを持つユニークなデザインであったが、斜め後ろの視界は全く無く、前進時には大きな障害とはならなかったが、後退時は苦労の種だった。天井が低く、シートとステアリングとペダルの位置関係で、ベストなドライビング・ポジションを取るのは難しかった。クーペのX−1は型式KPE10と言い4ドアとほとんど変わらない値段で販売された。当時の車でカタログに記載された最高速度を実際に可能な車は少なかったが、チェリーX−1はカタログに記載された最高速度160キロを実際に出すだけの性能を持っていた。 X−1はキビキビ走ることから若者に好まれ、ボーイズ・レーサーの格好のターゲットとなった。 オーバーフェンダーと大型のディスクブレーキと13インチホイール、そしてフロントにスタビライザーを装着したモデルとしてX−1Rが63万円で市販された。X−1Rの内装はX−1より簡素化されていた。


チェリーは欧州に多く輸出され非常に評判が良い車であった。輸出台数は不明だが、国内では1970年から1974年までの間に25万台余りが販売されたようである。


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